などと言われることがあります。
ま、そりゃ、できなかった問題をできるようになるのが大切であることは間違いないですよね。
しかしですね、人間、忘れますもんね。
なので、繰り返す。出来たものも。とりあえずこれ、大事だと思います。
あと、できた問題をもう一度やる必要はないのではないかという考えは、入試問題を与えられた時間との関係で見ればやっぱ違うんじゃないかと気が付くのではないかと思います。
算数と理科(の計算系)などを見ると、問題文を読みながら、あるいは読み終わるとすぐに手を動かし始めないととてもとても時間内に解くことなんてできないです。
もう、試行錯誤とか、そういうモンではなく、直線的に解答に向かっていくしかない。そこには数をこなしてこそ培うことのできる慣れとか感覚とか、そういう形容に値するものがなくては無理ぽいです。
例えばダイヤグラムで三角形できたら垂線降ろして速さの逆比の時間の比で按分してみたいなことは、考えてすることではなく作業としてやっちゃえないとどうにもなんない。
最近特に厳しさを増してきた週テスト(もうあと1回で終わると思うと寂しいです)などを見ると、改めて感じます。入試問題だってそうだ。一から考えてる暇はないぞ。
いやいやムズイ学校は試行錯誤を求める問題を出すのであって、解答に直線でつき進める典型問題なんか出るかい、とも思われるかもしれません。
けど、違うもん。ムズイ学校の入試問題も、試行錯誤(という回答への正しいプロセスには)直線的に突き進んでいかないといけないという点では全く同じだと思います。比較的ゆっくり考えさせてくれそうな駒東なんかだって、十分忙しい。
どこの学校もよく考えてとかいうけど、考える時間くれないくせに・・・。
普段のお勉強ではよく考えて、試験ではその結果として考えずに(あるいはてきぱきあるべき方向で考えて)結論を出せよ、ということでしょうか。
これは、今までしっかりやってきたかどうかを試す試験として、理に適ってますね。
問題文を良く読めとかも言われるけど、読む時間なんかくれないくせに。
問題文をしゃかっと良く「見ろ」ということなんでしょうね。国語でさえ。
やっぱキビシイわ、中学受験の世界。