わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

水の記憶

 今回の組分けテストの成績に慄然とし,根本的に勉強のやり方が誤っているのではないかと悩んだ夜。

 根本的に間違っているのか・・・と懊悩し・・・

 こんなん,書いてました。
              
 受験までもう三か月しかない。このままじゃ志望校はとても無理だ。ぼくは要領が悪いんだ。勉強をしていないような風をして僕よりずっと成績の良いクラスメートがたくさんいる。コツみたいなのがあるんだろうな。ぼくにはわかんないや。ぼくは投げやりな気持ちになりかけていた。
 でも、ぼくはあることに気が付いた。クラスメートはみんなはちまきをしている。みんな一様に「必勝・合格」って書いたはちまきをしているんだ。なにか秘密があるんじゃないか。ぼくはいろいろと考えた。調べてもみた。布きれに意味があるんじゃないか。こすれば静電気か何かで頭が良くなるとか?はちまきの白い色に意味があるんじゃないか。白い色がテストの答えの電磁波みたいなものをどこかから集めてきて吸収するとか?
 二か月くらいかかって、ようやく僕にも分かってきた。人間の体は大部分が水でできているらしい。そして水には不思議な性質があって、例えば「愛」という言葉を書いた紙を張った瓶の中に入れておいた水は凍らせるときらきらしたきれいな結晶になり、「憎しみ」という言葉を張った瓶の中に入れておいたら不恰好に折れた結晶になっちゃうんだって。なるほど。自分の体の水をちゃんとしなきゃだめだったんだ。勉強をしていないのに成績がいいクラスメートがいる理由が分かった。やっぱそうじゃん。そりゃそうじゃん。格好の悪いことをすることが一番嫌いなクラスメートたちが、何の効果もないのにこぞって「必勝・合格」なんて書いたはちまきをするはずがない。「必勝・合格」と書いたはちまきは、クラスメートたちの体を「必勝・合格」な感じにしていく必殺アイテムだったんだ。
 ぼくはもちろんすぐに、「必勝・合格」と書いたはちまきを作った。はちまきが外れないように気を付けながら、ぼくはずっとじっとしていることに決めた。ぼくの体を「必勝・合格」な感じにするために。なにしろぼくは今まで何も知らず、出遅れてしまっているんだから。十日ほどで、その効果はてきめんにあらわれてきた。どんな問題だって解けるんじゃないか。志望校には絶対に合格するはずだ。ぼくにはそれが何の疑いもなく感じることができた。
 あのコにメールだけはしたよ。もしかして知らなかったらと思うとちょっと後ろめたくなってさ。もし知らなかったら、ヒントくらい教えてあげないと。でも、「必勝・合格」って送ったら、すぐに「必勝・合格」って返信が来た。なんだ、知ってたんじゃん。ぼくは、教えてくれなかったことにやっぱり少し傷ついたけど、仕方がないよ。あのコだって必死なんだ。受験では、ぼくたちはライバルなんだから。あのコからの返信メールの「必勝・合格」のあとに付けられていたリズミカルに揺れるハートマークの絵文字が、悲しいけれどそれを物語っている。受験でぼくが緊張して心臓をどきどきさせればいいと思っているんだろう。少なくても、ぼくを純粋な「必勝・合格」な感じにはしたくないんだ。
 ぼくはじっとして試験の日が来るのを待った。勉強は無駄なばかりじゃない。有害だからね。教科書やドリルには、危険がいっぱいだ。「1080円(税込み)」みたいな感じになっちゃったんじゃ、目も当てられない。もちろんはちまきは片時も外さなかった。着古したTシャツではちまきをたくさん作って、おなかにも、両腕にも、両足にも巻きつけた。多い方が効果があるだろうからね。食事にも気を使った。おじさんがお土産にくれた、お気に入りの新幹線の形のお箸を使うのもやめにした。だって、受験会場にビュンと走っていくことができるようになったって、そんなことで合格するわけじゃないしさ。
 ぼくはどんどん「必勝・合格」な感じになった。怖いものなしだ。試験日の前日、一応算数のドリルをやってみた。苦手だった算数の問題は難なく解けた。算数のドリル一冊を解くのに、三十分もかからなかったんだから。試験も上々の出来だった。どの科目の試験問題も、スラスラ解けた。ぼくは意気揚々と家に帰って、体じゅうのはちまきをはずした。
 ぼくは算数の苦手なぼくに戻った。でも、何の問題もない。受験は終わったんだ。滑り止めの学校の試験日が一週間後にあるけれど、もう受ける必要なんてない。しかし、はちまきの効果は絶大だった。よくぼくに算数の問題なんかがスラスラ解けたもんだ。ぼくは心地よい達成感と開放感に浸りながら、昨日三十分で解いた算数のドリルをめくった。
 解答欄は、ぼくの書いた「必勝・合格」という文字で埋め尽くされていた。
 ところどころに、「綿100%」とも書いてあった。