わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

ミチルがやってきた 第4話 「運動会+α」

 とけのお友達(小さいときから仲良しの,これまたよくできムスメ),この度パパの転勤に伴い,しばしの別れとなります。そのコもミチルを気に入ってくれて,とけのやろー,勝手に,出発までに新しいの書いてくるから,と約束してきたんだそうです。一体誰が書くと思っているのか。。書きましたよー

 

 3学期の一大イベントといえば,何といっても運動会だ。ぼくたちは1年生から6年生までが赤組と白組に別れて,いろんな競技をやる。ぼくらは赤組。でも、こんな真冬にやるんだから,ぼくたちの学校はやっぱりスパルタだ。
 ぼくら5年生にとっては「竹取物語」という棒取り合戦が一番の関心事で,絶対に一本の棒に二人はしがみついて座り込むという作戦を立てた。そうすれば,相手はなかなか自分の陣地まで棒を運んでいくことはできなくなって,結局ぼくたちが固まって取りに行った分だけ多くの棒を取れるって算段だ。
 あと,目玉は,やっぱ,リレー戦。ぼくらの学校では,全員が走る。しかも,1年生から6年生まで全員が赤組と白組でそれぞれ一つのチームになって一人100メートルずつ。赤組と白組でそれぞれ200人くらいもいるから,時間もすごくかかる。これ,毎年大興奮する,運動会最大の注目種目なんだ。種目別得点も大きく割り振られているから,みんなの興奮度もすごい。抜きそうになったり抜かれそうになったりしたときには,どちらの組も,指が折れるんじゃないかというくらいこぶしを握りしめて,血管が切れるんじゃないかというくらい絶叫する。でも,今年は,白組は少し意気消沈していた。アケミの妹が白組の2年生にいて,ちよちゃんっていうんだけど,生まれつき小さくて,ちょっと足が悪くって,まっすぐ走ることも苦手だし,何より,走るのが遅い。それでも,ぼくら赤組にも運動神経の悪いやつがたくさんいたから,白組は,なんとかばん回してやるんだと意気込んでもいた。
 
 運動会当日。「赤組と,白組の,両手で掲げる優勝旗」というスローガンが高々と掲げられる中,ぼくらの運動会が始まった!
 でね!なんと,ミチルが応援団に入っているんだ。ミチルが立候補したわけじゃないんだけど,何だかミチルは何ていったら良いのかなぁ,やっぱりカッコ良いし,それはクラスみんなが内心ではそう思っていたから,誰が言い出すともなく,
「真野さんが良いんじゃない」
ということになり,ミチルも,考える様子もなく
「ええよ」
と言ったので,すぐに決まったんだ。ぼくらの学校は,応援団もすごい。応援団をやっていた人は,今でも町の名士だ。それだけの伝統のある応援団なんだ。引っ越してきたばかりのミチルが応援団に入るなんて,異例のことだった。

 午前中は,ぼくら赤組は白組に結構な得点差をつけられていた。残念ながら竹取物語でも負けてしまった。作戦では一つの棒に二人ずつしがみつく予定だったのに,緊張してしまったりあせってしまったりして,作戦通りに動かない子がたくさんいたから。
 午後一番の種目は,そう,運動会の目玉,「全生徒激走リレー決戦」だ!
 リレー戦は,走る順番は自由に決められることになっていて,どっちの組も,6年生が決定してリレー戦の時までその順番は秘密にされている。6年生の作戦合戦らしい。今年も,ぼくたちは6年生に,
「君はここ,君はその次」
と,いろんな学年からばらばらに連れて行かれて,走る順番に長い列に並んで座った。そうやって長い列になって座ったぼくは,となりに並んで座っている白組の子を見てびっくりした。ちよちゃんだ!ぼくに並んで走るのは,ちよちゃんなんだ!ぼくはどきどきした。本気で走るべきなのか,ちよちゃんに合わせて走ってあげるべきなのか。
「おい,5年,手加減して走ったりすんなよ!」
 そんなぼくの気持ちを見すかしたように,6年生がやってきて言った。
 リレー戦序盤は,白組がどんどんリードしていった。中盤になって,いよいよぼくの番になった。白組の走者は,半周以上の差をつけている。コースの内側に立って並んだちよちゃんは,心細そうだった。ちよちゃんにバトンが渡った。ちよちゃんが走り出す。でも,やっぱり遅い。赤組の走者からぼくがバトンを受け取ったとき,ちよちゃんは30メートルほどしか進んでいなかった。ぼくは走り出した。ぐんぐん差が縮まる。ぼくがちよちゃんを抜かそうとしたとき,ちよちゃんの体がふらりと右にふれて,足がもつれて,そのまま転んでしまった。ぼくはとっさによけたけど,転んだちよちゃんが心配でつい後ろを振り返ってしまった。その時,すかさず,ミチルが叫ぶ声が聞こえた。
「サトル!ちゃんと前見て走らんかい!」
 ぼくは,ミチルの声にはじかれるようにして走り,そのまま次の走者にバトンを渡した。振り返ると,ちよちゃんは立ち上がって走り始めていた。だけど,やっぱり,すごく遅かった。ぼくは,ちよちゃんを抜いたことを少し後ろめたく思った。そんなぼくに前を向いて走れと叫んだミチルのことを,冷たいところがあるんだな,とも思った。ちよちゃんは,あと10メートルで次の走者にバトンを渡すところまできて,また転んでしまった。足がこんがらがって,頭から運動場に突っこんでしまう様な感じ。ぼくはかわいそうで見ていられなかった。ちよちゃんのひざと額からは,血が赤く垂れていた。かすり傷なんかじゃない。転んだ拍子に運動場の石ころにでもぶつけたんだろう。救護班の子が向かおうとしたけど,そうすると反則負けになってしまう。白組の6年生が数人,救護班の子に,
「まだ来なくて良い!」
と声を荒げていった。血を流しながらよたよたと走るちよちゃんを,赤組の走者が抜いていった。白組は半周差もつけていたのに,一気に周回遅れになってしまったわけだ。白組からはざわめきが起こり,
「なんだよあいつ,あいつのせいじゃねぇかよ」
という声が広がっていった。
 結局そのまま,赤組は白組に1周以上の差をつけて勝った。勝ったけど,ぼくは何だかぼくのせいでちよちゃんが責められているようで落ち着かない気がして,素直に喜ぶ気にはなれなかった。運動会全体が,一気にしらけた雰囲気にもなっていた。
「どうせ,もうばん回なんかできねえよ。次だってあいつが出るんだぜ、2年の団体戦
 そんな声があちらこちらでして,運動会が最後になる6年生の中には,
「もう帰ろうぜ、やってらんねぇよ」
という生徒もいた。本当に,運動会全体がしらけた雰囲気に包まれてしまって,父母観客席もしんと静まりかえっていた。
 
 そんな中,応援合戦が始まった。さすがは伝統ある応援団。こんな雰囲気の中でも,白組の応援団長は,声を振り絞った。
「フレー,フレー,白組!」
 それに応じて,白組の何人かが,
「フレッ,フレッ,白組,フレッ,フレッ,白組」
と応じたけれど,全体の声は、やっぱりすごく小さかった。
 今度は赤組。赤組の応援団長は,何だか少し遠慮したような声の大きさで応援を終え,赤組の応援団はそそくさと運動場のわきから退場していった。
 ・・・いや,誰かいる。応援団の一人が,残ってる。ミチルだ!ミチルが一人で残っている。何してるんだ,先生が立ち上がって言いかけたとき,ミチルは,一人で応援のポーズを取った。
「フレー,フレー,ちよちゃん,フレッ,フレッ,ちよちゃん,フレッ,フレッ,ちよちゃん!フレー,フレー,ちよちゃん,フレッ,フレッ・・・」
 その声は,応援団長よりもずっと大きく,運動場中に響き渡った。ミチルは,ちよちゃんにエールを送ってるんだ!
 たった一人で!
 たった一人のために!
 ぼくは思わず身震いをした。鳥肌が立った。ミチルのことを冷たいところがあるなんてちょっとでも思った自分を恥じた。
「フレー,フレー,ちよちゃん,フレッ,フレッ・・・」
 ミチルの応援はいつまでも続く。やがて,赤組の応援団が戻ってきて,そして,白組の応援団もやってきて,一緒にミチルの声に合わせた。
「フレー,フレー,ちよちゃん,フレッ,フレッ,ちよちゃん」
 応援団全員のエールに,声を合わせる生徒がでてきた。その数はどんどん多くなり,ついに,学校の生徒全員が声を合わせた。
「フレー,フレー,ちよちゃん,フレッ,フレッ,ちよちゃん」
 来賓席では,町内会長の山根さんが男泣きにワンワンと泣いていた。山根さんは,30年前に応援団長をしていた人で,
「あいつから応援団長だった歴史をとったら何も残らない」
と言われるほど,応援団を愛していた。
「これだよ,これがおれたちの応援団だよ!」
 山根さんは,となりの席に座っていた父母会会長さんや市議会議員さんの肩をぼんぼんたたきながら泣きじゃくっていた。
「なあ,これがおれたちの応援団だよ!」
「フレー,フレー,ちよちゃん,フレッ,フレッ,ちよちゃん」
 学校全員の声が一つになったその声は,ものすごく大きく,校舎の窓ガラスをびりびりと震わせているようだった。

 ぼくはちよちゃんの方を見た。ちよちゃんは血と涙をぐいと拭って,すっくと立ち上がった。
 さあ,次は2年生の団体競技,二人三脚だ!がんばれ,ちよちゃん!


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 運動会が終わって,ミチルは校門の前にいた。うれしそうな,ちょっとさみしそうな,そんな顔をしてる。
「リナ,来てくれたんか」
 リナは,ミチルがまだ小さいとき東京に住んでいた頃のこども園の同級生だ。大の仲良しで,いつも一緒に遊んでいた。竹馬では,いつも前を行くリナの背中をちょっぴりあこがれてもいたんだ。リナの弟はちょっと困りモンだけど。意味もなく突進してきたり乗っかかってきたりするからね。怒っても平気でずっとニターって笑ってるし。タチが悪い。
「もう、行くんか」
 ミチルはリナの後ろにいるリナの両親をちらりと見てぺこっと会釈をして言った。リナはこれから,ずっと遠い国に行ってしまう。お父さんの仕事の都合で,トルコ。いろんな人や文化が混じり合った,エキゾチックな国らしい。
「うん。最後にミチルの勇姿でも拝んでおこうと思って。うち、パパとママに無理言って連れてきてもらったの」
 リナはチロッと舌を出していった。ミチルは,リナの,口をとがらている表情が好きだった。
「そうか,ありがとう。ウチ,最後に会えて,よかった」
「うちも」
「トルコ,お肉,日本とえらい違うて聞いたで。リナ,あんた,食べれんのか?」
 リナはお肉がちょっと苦手。トルコのお肉はにおいが強いようだから,ミチルは心配している。でも,本当は,そんなことを言いたいんじゃない。言いたいことは他にあるんだ。でも,何ていったら良いか分からない。ただ,何か話をしていないと,もう,リナが行ってしまうような気がして,何か話さなきゃ,と思ってるんだ。
「そや,さっきのエール,見てたやろ?あんたにもやったろか?フレーフレー,リーナーっゆうて」
 ミチルは応援団のポーズを取っておどける。
「ばかなことしないでよ」
 リナも,少し唇をゆがめた。
「りっちゃん,もう行くわよ」
 リナのお母さんが呼びかけた。もう行かなければいけない時間だ。
「行くね」
「うん」
 それだけの言葉を交わして,ほんの少しの間,何もいわずにお互いの顔を見つめた。そして,リナは,くるりと回れ右をして,振り返らずにお父さんとお母さんのところに歩いて行った。
 リナは振り返らない。ミチルは,少しも動かない。
しばらくして,駅に向かう曲がり角を曲がる直前の3人の背中に向かって,ミチルは,心の中で応援のポーズを取った。声に出さずに,エールを送った。
 その時,リナが,左手をぐっと上げた。ミチルのエールが届いたに違いない。
(あんたこそ元気でがんばりなよ)
 リナの背中はきっと,そう伝えたかったんだ。
 ミチルは,ちょっと唇を突き出してから,ニッと笑い,ぐいっとアッパーカットのスウィングをして,右手を突き上げた。
 3人の姿が見えなくなっても,ミチルはそうして,右手を上げて立っていた。いつまでも,一人で,立っていた。
                          (りっちゃん,またなー)

 


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