わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

健康法

 娘のお勉強を1年間見てきて,昨日はさすがに徒労感に苛まれ,今までわたくし何をやってきたんだろうか,何かとんでもなく阿呆のようなことをやっていたのではあるまいか,と嘆いているうちに,こんなん書いてました。立ち直るまで,ご容赦下さい。

 

 またやってしまった。ぼくはいつもブームに乗り遅れてしまう。湾岸の帰路。ジョギングをする人の行列。今は,走ったりノニ酵素みたいなのを飲んだりしなければいけない健康ブームのさなかじゃないか。取り残される前に気が付いてよかった。でも,走るのは面倒だし,健康食品は高価だしなあ。ぼくに合っているのは,何かをしないというようなヤツかな。ダイエット系みたいな。ぼくはスマホを取り出した。

 「しない系」健康法の代表格であり,健康法の王道でもあるのが,禁煙。残念だけれどぼくは煙草を吸わない。こんなことなら愛煙家になっておけばよかった。禁煙より信奉者はぐんと減るけれど,断食というのも流行っているようだ。生半可なダイエットよりも健康ブームに乗っている感に溢れている。これをしてみよう。今から一切食べません。断酒を含めた断飲。せっかくだから断眠も。とりあえず今から,呑みません,飲みません,寝ません。しかしなんだかまだまだ足りない。我慢できてしまう。せっかく思い立ったのにこれでは拍子抜けだ。ぼくはもっと厳しいのをしなければだめだ。もう,我慢できないようなヤツ。だって,ぼくは健康ブームに乗り遅れているのを巻き返さないといけないんだから。

 もっとないのか,過激にストイックなヤツ。ぼくは思いついた。これだこれだ。この際ぼくは息をしないことにした。これはなかなかに我慢が大変で,健康法としてはおそらく究極的なものだろう。

 マンションの一階に着いたぼくは,エレベーターがぼくの部屋がある一四階に辿り着くまで,息をしないことにした。いかなる困難があろうとも,達成する決意だ。

 エレベーターはぼくの決意に圧倒されてスムーズに上昇していくかに思われたけれど,五階で,究極の健康法が今まさに実践されているとも知らない見るからにちょっと間抜けに見える感じのおじさんが何食わぬ顔でエレベーターに乗り込んできた。五階には小さいながら共用のレクリエーションルームがあるから,想定の範囲内の出来事ではあるけれど,とはいえけしからんことじゃないか。おい,おじさんおじさん,じゃましないでよ。あんたがエレベーターに乗り込んできたせいで,どれだけ苦しい思いをしている人があることか。こんなに人を苦しめるならエレベーターを一つやり過ごすとか,階段を上ろうとか,いっそ五階に居続けようかという気になれないのはどうしたことですか。それが人の世にあるべき互助の精神というものではないですか。このエレベーターは非常な決意を伴って上昇していたんですよ。

 しかし,ぼくはここで諦めるわけにはいかない。健康法は初志貫徹が肝心だ。おじさんをにらみつける余裕があるのなら,きたるべき上層階の危機に備えなければならない。ぼくは微動もせず,ただ頬を膨らませたまま耐えた。知らん風な顔をして謝ろうともしないおじさんを非難できない自分がふがいないけれど,健康法の実践を放擲するわけにはいかない。ぼくは言いようのない充実感を感じてきた。むしろおじさんに感謝するべきかもしれない。

 五階からは誰も乗降しなかった。エレベーターも加速の度合いを増してくれた。エレベーターの加勢はありがたい。このまま一気に一四階へ!

 五階から乗り込んできた人の苦しみを理解することができなかったおじさんも,さすがに反省し,一五階のボタンを押してくれた。推測するに当初は一〇階あたりで降りる予定だったのだろうけれど,ぼくのために予定を変更し,一旦一五階まで上ることにしてくれたのだろう。このおじさんには一五階に用事などあろうはずもないから,一五階で降りてから改めてエレベーターを乗り換えて一〇階あたりへ下りようということだろうと思われる。

 そこまでしてぼくを応援していただけるんですか。お礼を述べることができないのは息苦しい,いや心苦しいですが,おじさまもお察しのとおりぼくは達成されるべき究極の健康法の履践中であるのです。ぼくは必ずややり遂げます。あなた様のお心遣いを無駄にはしません。行って参ります。いや,共に参りましょう!

 エレベーターは無事に一四階に着き,ドアを開けた。ぼくは走り出て,ぶはーっと息を吐いた。息を整えていると,おじさまがぼくの肩を叩いた。振り返るとおじさまがぼくをにらみつけている。

 おじさまは肩で息をしながら言った。「こんなところで挫折するとは何事か。一五階まで我慢せんか。」。

 

↓ お慰め下さい・・